シャトー・デュクリュ・ボーカイユの歴史
ボルドーには数多くのシャトーがありますが、その中でもシャトー・デュクリュ・ボーカイユは、ビクトリア朝の建築様式を取り入れた屈指の美しさを持つシャトーです。しかしこのシャトーはただ美しいだけではなく、彼らの長い歴史の中で、ワイン業界を支える革新的な取り組みを幾つも行ってきた事でも知られています。
現在のシャトー・デュクリュ・ボーカイユがある地域一帯は、古くからブドウ畑が連なっており、13世紀頃には既にこの地域でブドウ造りが行われていたという記録が残されています。17世紀頃には、このあたり一帯の土地はシャトー・ベイシュヴェルの一部となりますが、当時はまだ無名のブドウ畑に過ぎず、主に大衆向けのワインとしてスカンジナビア半島に輸出されていた様です。
最初の転機は1797年。
この地域で成功を収めたベルトラン・デュクリュ氏がこの土地を買収し、自身の名前をワインに付して、「デュクリュ・ボーカイユ」と呼ばれるようになりました。ブドウ畑の所有権を取得したデュクリュ氏は、莫大なお金をかけてワインセラーを改修し、ブドウ畑を拡張・整備していきます。その投資の代表的なものの一つがシャトーの建築です。当時世界的に有名になっていたパリの建築家ポール・アバディ氏を招聘し、ビクトリア朝のシャトーの建設を始めます。このシャトーが完成すると、デュクリュ・ボーカイユの名声は更に高まり、瞬く間にメドックを代表するシャトーの一つとして認知されるようになります。その結果、1855年のパリ万博において晴れて2級の格付けを得ることになりました。
ところが1866年、これまでシャトーの名声を高めてきたデュクリュ家でしたが、この年にシャトーの経営権を著名なネゴシアンであったナサニエル・ジョンストン氏とその妻に売却する事で合意します。その金額は100万フランスフランで、当時のシャトーの経営権の売却金額としては、史上最高額であったと言われています。
ちなみに、1800年代後半といえば、ヴィクトル・ユーゴーの名作『レ・ミゼラブル』が執筆されたのが1862年。フランスフランは現在の貨幣価値にすると1フランあたり500~1500円と言われており、いかに高額であったかがうかがわれます。
近代のシャトー・デュクリュ・ボーカイユ
さて、話を戻すと、ジョンストン氏の二人目の妻のマリーはトルコのコンスタンティヌス王子の娘だった事もあり、その資金援助を得て、再びシャトーを改修します。建築家のミシェル・ルイス・ギャロスに依頼して、シャトーの両側に2本の美しい塔を建造し、現在の荘厳な姿となったのです。
そして彼の最大の功績は「ボルドー液」の開発です。
畑の管理人やボルドー大学と共に、ブドウの樹にカビが付着してしまうベト病への対策を研究し、その特効薬として、「ボルドー液」の開発に成功。当時のワイン業界全体に大きな革新をもたらしました。
しかし1910年、ジョンストン氏の最愛の妻マリーが亡くなり、資金援助を受ける事が難しくなった所に、追い打ちをかける様に世界恐慌がやってきます。シャトーの経営権はワイン商のデスバラッツ家に売却され、さらに1941年、既にネゴシアンとして成功を収めていたフランシス・ボリー氏にシャトーを売却します
こだわりとテロワール
こうして、シャトーの第3の時代が幕を開ける事になります。
1941年以降現在に至るまで、シャトー・デュクリュ・ボーカイユはボリー家によって管理されています。フランシス・ボリー氏は、デュクリュ・ボーカイユの優れたテロワールの魅力を引き出す事が、ワインの魅力を最も高める事に繋がると考え、その施策を実行していきます。
例えば、今では多くのシャトーが行っている選果をブドウ畑で行うという方法を確立させました。また生産量を制限し、1980年代には年間20,000~25,000ケースの間で推移していましたが、1990年代には15,000~20,000ケースに、そして2000年代以降は7,000~11,000ケースにまで絞り込んでいます。このような施策により、デュクリュ・ボーカイユの品質、そしてそれに伴って販売金額も非常に安定しており、いわゆるスーパーセカンドとしての地位を不動のものとしています。2018年ヴィンテージからは、有機農法への転換を図っており、テロワールの魅力を最大限に活かしたワイン造りが行われています。
最後に、フランシス・ボリー氏のワインに対する哲学が良く表れている言葉をご紹介します。
「石が多ければ多いほど、土壌は貧弱になる。しかし土壌が貧弱であればあるほど、ワインは良くなる。」
今もシャトーの名前として受け継がれるBeaucaillouとは、フランス語で「beau = 美しい、caillou = 石」という意味です。この土壌には多くの小石が含まれていて、彼のテロワールの魅力を表現するワイン造りはまさに最高のワインが生む唯一の方法であったと言えるでしょう。
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